株の始め方から応用まで シノ先生流株式投資

投資歴5年の個人投資家が、これまで学んだ株の基本やテクニックなどを紹介していくブログです

株の基本は「儲けたい!」の精神である

偏見ではありますが、株に興味を持った人の99%の動機は「儲けたい」であると思います。そしてそれは大変正しいことです。

中には、それ以外の理由を述べる人もいるにはいます。例えば「あの企業のことが好きで、株を買うことで応援したい」という意見も稀に聞きます。

しかし、その人に聞きたいのは「じゃあ、買った株が暴落して10万円程損しても応援したいか?」ということです。おそらく、そこまでして応援はしたくないでしょう(友人や家族が経営しているとかいうなら話は別ですが)。

上記のような自称・応援株主は株主優待をもらっている人が多いです。具体的にはカゴメとか味の素とか、身近な食品系メーカーが特にその傾向が高いと感じています。

「私はあの企業の商品が好きで、応援したいから買っている」と。しかし、その会社が配当金も株主優待も廃止して、しかも潰れそうになっていたら買い増ししますか?

株の基本は、あくまでも金儲けの道具です。シビアな言い方かもしれませんが、株を発行している企業側だって資金が欲しいから株を発行しているのです。

お金が欲しい者同士の思惑が一致しているから成り立つ信頼関係、それが株だと私は考えています。

株主優待だって企業にとっては財政的に負担です。先ほどのカゴメや味の素などのメーカーなら自社製品なので原価それ自体はそこまでではありませんが、郵送費や手間賃がメチャクチャ負担になります。すかいらーく吉野家などの飲食系は、食券を配っているので純粋に利益が減ります。ぶっちゃけ、配るほど企業が損をします。

では、なぜ株主優待を続けるのかと言えば、個人株主を増やして株価の安定を図るためです。実際、個人株主の多い優待系株は業績悪化などでも投げ売りが起きにくい傾向にあります(そうは言っても下がりはしますが)。

このような関係は、自分の好きな商品である株主優待が欲しい人と、株価安定を図る会社の思惑が一致しているからこそ成り立つのです。

株を長年やっていると、株主優待を突然廃止する会社も多く見てきました。業績悪化で仕方なくということもありますが、中には十分に余裕があるにもかかわらずコスト負担を嫌って廃止するところ、東証1部上場を果たして「個人株主はもう用済みだ」と言わんばかりに切り捨てにかかるところもあります(株主数が昇格条件になっているため)。

こうした優待廃止が行われると、たいてい株価は下落します(暴落と言ってもいい勢いで)。

でも、それでよいのです。財政的負担を減らすためなら株価が下がっても構わないという企業と、株主優待が廃止されるなら持ってるメリットがないと売り払う株主、双方の思惑が一致しているからです。

「せっかく株主優待をもらうために買ったのに廃止された! 裏切られた!」などと思わない方がいいです。株主優待を出すも出さぬも企業の一存です。そしてその株を買うも売るも、株主の一存なのです。

逆に言えば、株主優待を続けているのに株を売る投資家に対して、企業が「裏切者!」と言いますか?

買った株がメチャクチャ値上がりすれば、当然株主は売り払います。100円で買ったものが1000円で売れればうれしいですからね。

株とは、会社と株主の一種の契約書のようなものだと思えばいいのです。株主は儲けたいという思惑があり、思惑が外れればいつでも株主をやめる権利があるのです。そもそも株を買う買わないは投資家の自由なので、自分でリスクをとって買ったのだから、儲かるも儲からないも自己責任です。

企業が損失を出して株価が下がれば、当然株主は企業を追及する権利があります(それを行えるのが株主総会です)。しかし、損をしたこと自体は株主が責任を負わざるを得ません、そのリスクを承知の上で株を買っているわけですから。逆に儲かれば得をするわけですから、これまた誰にも批判される謂れはありません。素直に喜べばいいのです。

もし本当にお金なんか関係ない、純粋に企業を応援したいというのなら、こんなリスクをとらずとも、素直にその企業の商品を買うなり、周囲の人にその企業のすばらしさを教えてあげれば済むことです。企業の業績も上がって、ファンが増え、株なんか買わなくても企業の株価は勝手に上がってくれるでしょう。

これから株を始める人、そして始めた人に改めて言います。株をやるからにはいかに儲けるかということを第一に考えましょう。企業の都合だとか、そういうことは株を買うこと以外で応援すれば済む話です。

それと一言。たしかに儲かりそうだけど、この企業は大っ嫌い! ということがあるなら、その企業の株を買わなければいいだけです。会社なんて星の数ほどあります。

私だって人間です。個人的に嫌いな企業というものはあります。そういうところとは関わらないことにしています。